話が前後してしまったが栄村から2週間、ふたたび輪行で長野へ。今度は『自転車学』の仲間を誘い、中央線で茅野まで行って、杖突峠経由で高遠へ。そこからさらに分杭峠まで登って、駒ヶ根へ降りるという雑誌のお薦めルートを走ってきた(GPSの記録は途中で切れてしまい分杭峠まで)。
当日は旧暦お盆の真っ盛り、しかも諏訪湖の花火大会ということで行きも帰りも電車が満員、移動は立ち詰めの苦行だったが、走ってはまさにこれぞ日本のサイクリング、信州のサイクリングという街道の風情と坂道をお腹いっぱい楽しんだ。秋葉街道が多くのサイクリストに長年親しまれてきた理由がよく判った。
その昔、ともに自転車雑誌の取材でメディアデビュー(笑)して以来の友人から3年越しで誘われていた栄村(長野県)のサイクリングイベントに二人で参加してきた。
イベントとしては100キロの山岳サイクリングが有名だが、このカテゴリーは人気で募集が開始されると予約が殺到する。我々が申し込んだときには既に満員だった。もっとも距離は100キロでも獲得標高が2000mとなかなかタフなコースで、私の実力では走れるわけも無いので下手に申し込みが通らなくて良かったとも言える。
我々が申し込んだのは一番難度の低い40キロサイクリング。その代わりというわけではないが、せっかく行ったことの無い北信地方の栄村まで行くのだからと、前泊のホテルまで、若干のサイクリングを取り入れる計画を立て、直接目的に向かわず上越新幹線で越後湯沢へ。

連日戻り梅雨のはっきりしない天候で、この日も埼玉の北部から高崎辺りまでくると霧(もや)が深く路面も濡れているのが車窓から見て取れる。走り出しから雨というのも萎えるので、降雨量次第では前日サイクリングはやめて鉄道乗り継ぎで移動しようか、と覚悟を決めていたらトンネルを抜けるとやや雲が多いものの、青空が覗く晴れ。気分よく自転車を組み立てて17号を走り出す。石打のスキー場手前で左折、R358で十二峠を越え飯山線/千曲川岸へ出て西へ向かい、栄村を目指した。
この夏は天候不順でまだ一度も炎暑の中を走っていない。身体が暑さに慣れていなかったのに初っ端の十二峠の登りは強い日差しが照りつけて非常にばてた。二人ともふらふらになりながら山越え。途中、栄村に向かうのだろう自転車を積んだSUVやミニバンに何台も抜かれる。
それでも、始めから距離を短めに余裕を持った計画で走ったので、ほぼ予定通り、14時過ぎには栄村へ到着。直接宿へは向わず、翌日イベントのスタート/ゴールとなるさかえ倶楽部スキー場へ1キロほど山道を登って、前日受付を済ますことに。
スキー場のゲレンデ下、レストハウス脇にもうけられたテントで受付を済ませゼッケンやパンフを受け取って一休みしている間にみるみる雲が降りてきて一転激しい雷雨に。もの凄い降り方でとても走り出すことが出来なくなった。今日の宿泊先までは一旦山を下って、国道の少し手前で90度別の方向に登り直す僅か2キロ弱の道のりなのだが、それだけの為にカッパを着込み滝のような雨に打たれるのも気が進まず、小一時間レストハウスの中に避難した。
いくら待っても一向に小やみにならないのであきらめてカッパを着込み、走り出す。傾斜がきつい路面を川のように雨水が流れている。こうなれば一刻も早く宿に着いて風呂に入りさっぱりしたい。翌日の着替えは一式持っているものの、靴だけはずぶぬれだ。部屋に入ってなんとか乾くよう、インソールを外したり、パッドに含んだ水気をタオルやらティシューで絞り出す。
温泉につかり、夕食を済ませたころには雨も上がっていた。明日も午前中は天気が持つものの、午後は夕立のおそれ、降水確率80%という嬉しくない予報だ。さっさと寝る。
イベント当日、曇り空ながら雲は高くなんとか降られずに走れそうだ。宿から会場のスキー場に向かう坂を上っていると、1時間スタートが早い100キロ組の面々が坂を下ってくるのとすれ違う。さすがに先頭で飛ばしている人たちは有名ショップのチームジャージなどを着込み、太ももの筋肉のつき方などはいかにもヒルクライムに積極的に参加しているような、別世界の連中だ。
自分たちのスタートは8時。参加者は100名くらいだろうか?一番緩いコースだが、それでも平坦区間はほぼ皆無。常に登っているか下っている。国道や県道ではない、村の連絡道路や農道をつないだルートでクルマにもほとんど遭遇せず、信号はなし。途中何箇所も村の人たちが設けたエイドステーションがあって、とれたてのトマトやキュウリ、桃やトウモロコシなどを振る舞ってくれる。またたびの漬け物というのも初めて食べた。
10時に約半分の地点で昼の弁当が配られるので、弁当の到着を待ってやや長めの休憩をいれたが、当然まだ食事するほど腹も減っていないのでそのまま弁当を下げて残りのコースを走り、正午の20分前くらいにはスタート地点に戻れたので昨日と同じレストハウスで昼にした。

今回はこのイベントに合わせもう一日宿を渋温泉にとっていて、計画ではイベント終了後も前日のように自走で長野方面へ千曲川をさかのぼるつもりだった。しかし昼の時点でも午後は雨の予報。またあの滝のような雷雨に見舞われるのはさすがに辛いということで、サイクリングは断念。森宮野原駅から輪行で列車を乗り継ぎ湯田中へ向かった(ところが結局その日は一滴も雨が降らず、薄曇りのまま天気は持ってしまった…)。
湯田中から少し登った渋温泉は今回初めて泊まったが、温泉街が昭和の雰囲気だし、泊まった旅館の料理がおいしく、なかなか楽しかった。(下の写真は宿泊先にあらず)
ブログとは日記(だけ)のことじゃないとは言うものの、これじゃ回想録だな…。仕事の連絡待ちの間に思い出したことを。
恐らくほとんどの男の子はトランシーバーに憧れたことがあるはずです。子供のころ公園の物陰や校庭の裏庭を秘密基地と定めて様々な特殊任務を遂行する際、敵に悟られずに隠密裏に行動するため、本部や別小隊との連絡にはトランシーバーが必須の装備でした。形態はさまざまで、そのとき流行していたマンガやテレビ番組の影響で、箱形だったり腕時計型だったりした“エア”トランシーバー(笑)に向かって秘密通信をした覚えがあったと思います(でも実際にはエア・トランシーバーの特性上ある程度大きな声を出さないと相手に内容が届かないんですけどね)。
あるいは「わた・スキ」以降、スキーが重要なデートイベントだった時代には特定省電力トランシーバーがゲレンデで目撃されたりもしました。でもその後、携帯が普及してからはトランシーバーの活躍する場が随分減ってしまった。

『使える』トランシーバー
確かに携帯の方が(たいていの場合)通話品質は良いし、バッテリーの持ちも良いわけで、意思の疎通を図るという目的を果たすためならトランシーバーでも携帯でも効用は同じ。でもなにか違うんじゃないか?と思うわけですよトランシーバーが今でも好きな私としては。
トランシーバーの、あの(基本的に)双方向ではない相互通行的な会話形態。「感度ありますか?』「…どうぞ」みないな独特のマナー。そして『ピーピーガーガー』というノイズの臨場感と聞き取りにくさ故の、一所懸命に内容を聞き取ろうとする緊張感(笑)。なんかこう、一つ一つのステートメントに込められた真剣さが携帯電話の通話とは全然違うでしょう?携帯の通話って(ビジネス以外は)基本的にだらだらダベリモードですよ。
まぁとにかく、ソロではないグループ・サイクリングのときにトランシーバーがあると便利だなとずっと思っていて、以前も自分の持っている特小トランシーバーを持参して試用してみたことがあったんですが、いかんせん出力が小さくて、相手が目視出来る範囲なら良いのですが、ちょっとカーブを曲がった先まで離れてしまうと通話出来なくなったり、性能に不満があったのです。
5月の房総一泊ツーリングのときもその自前のトランシーバーを持参しようかと考えていたのですが、たまたま見ていた無線機レンタルのサイトで新しい制度/仕様の高出力トランシーバーがレンタル出来ることを知りました。
従来だったらアマチュア無線の免許が必要な5Wクラスのしかもデジタル(音質が良い)無線機が免許や資格不要で使えるというのです。サイクリングするような郊外の路上なら3キロから5キロの通信距離が期待出来るという説明に惹かれてメールで問い合わせたところ、本当に始まったばかりの簡易無線「登録局」という制度で、人ではなく無線機そのものを電波管理局に登録するらしい(デジタルの電波そのものにIDが載っている?)。使う人間には免許が不要ということで願っても無い、その場で申し込みました。
まだ特小みたいに各社からバラエティーに富んだ製品が出ているわけではなくて、2〜3社しか市場に出回っていないみたいです。借り出した実機はかなりゴツくて重いものでしたが、使ってビックリ、ほんとうに電波が良く飛びます。そしてさすがデジタル、ノイズが少ない。
今回のサイクリングはロードバイクより折りたたみ車のほうが多いくらいで人数も多く、スピード差もあったので、先頭としんがりではかなり間があいて、先頭がはるか前方のカーブを回り込んで姿が見えなくなってしまったりしたのですが、余裕で通話出来ました。
携帯は、市街地ならかなりの地方に出かけても通話圏内ですが、意外や街と街を結ぶ街道上や山に入ったところでは圏外になってしまって使えないことがあるし(峠なんかでは圏外の確率が高い)、走行中に画面を見てアドレス帳を調べてダイアル・通話するのは(運動能力的に危険だし、道交法的にも)NGです。その点、マイク部の通話スイッチを押しながら喋るだけで通信出来るトランシーバーは、ツールの出場選手でなくても、落車やパンク、中切れの情報を先頭のリーダーに伝えられて便利です。
今回は、そんなトランシーバーが活躍するような非常事態もなかったのが何よりでしたが、「登録局」タイプは本当に実用になると実感した次第。
『デンマーク大使と走ろう COP15 CYCLING TOUR』というイベントにも参加した (5/23)。
参加者は自分の地元の区役所で当日の朝登録してスタート、神宮外苑のイベント会場までフリーライドという、よく判らない企画。随分前に申し込んだのに(スポーツエントリー経由)、大会の2日前までパンフレット一つ届かず、大会の進行すら判らない。なにせ私の場合、目黒区役所から神宮外苑までは6キロないので、朝8:30から (10:00まで) 区役所で出走受付といっても素直に神宮外苑に向かったら20分程度で到着してしまう。
漸く届いたパンフレットを見るとゴールの神宮外苑で絹代女史司会のトークshowをはじめとするイベントがあるらしいのだが、それらは昼過ぎからしか始まらない。じゃあ、早く着き過ぎてもすること無いってわけ?
朝8:30受付に行ってみたらまだ二人か三人目の登録。受付の人が、デンマーク大使館から大使がもうすぐ出発するはずだと教えてくれたので、とりあえずそちらへ向かう。このイベントは東京を皮切りに全国各地で同様の大会を開き、その都度大使夫妻が参加者と一緒にサイクリングをしつつ、最終的には京都で締めくくる、そのグラン・デパールが23日なのだ。

COP15 CYCLING TOUR
目黒区役所は中目黒にあってデンマーク大使館は代官山、東急線の一駅の区間しか離れていないので所要時間は数分。大使館前にはテレビ局の中継車も駐車しており、クルーが出入りしている。私が覗くとスタッフと勘違いされた。まだ早過ぎて一般の参加者が通りかかるなんて想像もしていなかったようだ。
歩道から覗ける大使館中庭ではすでにTVカメラもスタンバイしていて、いまにも大使が現れそうな雰囲気だったがしばらく待っていたらイベント運営側のスタッフらしい人が、実際に大使夫妻が登場するまでまだ30分くらいかかりますよと教えてくれた。

いまにも大使が現れそうだが
当日は朝から結構暑くて、その場に所在なくたたずんでいるのも芸が無いので引き上げる。相方さん(非参加)と珈琲を飲んでのんびりしてから改めて走り出すが、これと言って計画も無く、漫然と都内を流す。代々木、新宿、四谷、九段、桜田門、日比谷と巡り、改めて溜池から赤坂見附に戻り、青山通りを神宮に向け登る。途中でさらに時間調整の珈琲タイムを挟んで11時過ぎに絵画館前に。

絵画館前ゲート
着いてみるとすでに参加者は大半ゴールしてしまったようで、ゲート付近は「終わった」雰囲気がただよい、私がそこをくぐっても誰一人言葉をかけてくれるでもなければ、どこかに案内してくれるスタッフもいない。それらしいTシャツを着込んだ連中がそこここにいるのだが、こちらに注意も払わない。確か区役所で受付した時はゴールにも受付があるような話だったのだが?
かと行って絵画館前会場はまだステージのプログラムは始まっていないし、ぐるりと会場を取り囲んだブース(大会スポンサーのブース、23区のブースやら若干のエコ関連の団体など)も散発的になにかやっているところがあるものの、大して盛り上がっているわけでもない。ただ、コペンハーゲン名物だと言うホットドッグ屋台(やっている女性が世界中を巡っているとか)だけは物凄い長蛇の列だ。
たぶんあっという間に走り終えてしまった人たちがなんとなく辺りをうろうろしている中で、私も会場に来ているはずのクロイヌカフェの面々を探すと、ほどなくマスターを始め先日<ふたりうなぎツアー>をしたタロウ氏などが見つかった。さらに、SNSで名前だけ知っていたメンバーとも初めて対面出来た。
日陰も座るところも無い会場は、昼下がりの暑い盛りにようやくステージで何やら始まったが、既に私は退屈していて同じクロイヌジャージを着たメンバーとダベリモード。
その後、ほとんどの参加者はデンマーク大使と渋谷区役所までパレードランに出発してしまったが、我々はそれには参加せず、流れ解散。タロウ氏、(オレンジ色の憎い奴)EG氏と3人で恵比寿まで走ってオープンカフェでピザをつまみながら、今後のサイクリング計画などを語り合った。
後日、本当はゴール地点で参加証としてコインなどを配っていたことを知ったが後の祭り。同じカフェのジャージを着た仲間がいたから良かったものの、なんだか釈然としないイベントだった。
コメント感謝です