Archive

Archive for January, 2010

長くなります

January 22nd, 2010 ソンシー 8 comments

先日、自分の父が死んだ。

元気な人で若い頃に盲腸で一度入院したきり、大の病院嫌いで全く医者の無縁に暮らしてきたが昨年の11月後半から目に見えて衰え(それでも医者にかかるのを頑強に拒んでいた)、ついに12月も中ごろのある朝どうにも苦しくなって起きられずやっと救急車を呼んで病院へ運ばれた。

救急なのに2時間近く待たされたのちにCT検査して判明した痛みの原因は胸部大動脈瘤。これに少し亀裂が入りすでに血液が漏れ出しており炎症も起こしていたからだった。

すでに高齢(87歳)で、大きな手術は無理。カテーテルによるステント治療も成功の可能性は高くないという医師の説明に本人も妻(私の母)も体に負担のかかる治療を望まず、過度の延命治療も希望しない意思を表明し、血圧を下げて安静に過ごすだけの入院となった。

しかし、生涯ワンマンで暮らしてきた父は病院で看護師の言いつけを守っておとなしく暮らすことに耐えられず、猛烈にごねて結局3週間あまりで無理やり退院し、自宅へ戻ってきた。その後も連日、衰えて自由にならない体にいらだち看病する母や私たち家族に八つ当たりし通しだったが、退院から1週間、望み通りに移った日本間の畳の上で吐血して息を引き取った。大動脈から漏れ出し腹部に溜まっていた血液が食道が気管を破って吹き出したらしい。私と母に看取られての最後だった。

父の体が不自由になった11月の後半から何かにつけ介助のために実家に通い出してから入院・退院と自宅での介護のほかの手配と忙殺され、父が死んでからは通夜葬儀の一連のあれこれになおいっそう振り回され、まるでジェットコースターに乗せられ自分の意思とは関係のないところに連れてゆかれるような毎日だった。

普通の老人が死んだだけなら葬儀・初七日も済ませたこのあたりで一段落なのだが、実は父は倒れるその日まで家業である商店の経営者だった。しかもその店(いちおう株式会社)を年末で閉めるところだったのだが、事務も経理もすべて一人でこなしてきて突然、整理の手前で放り出すことになった。その後始末はすべて私に託されたことになった。30年ほど前に跡は継がないと宣言した仕事を、一番面倒くさい場面で引き受ける羽目に陥った。

自分の仕事と父の会社の整理をさして能力も高くないこの私がこなしてゆけるのか?悩んだところで、どこからも助け船はやってこないので、努めて淡々とできることからこなすことにしているが、自転車に乗ることも、サイクリングイベントに出かけることも、この状態ではとても無理だ。ブログも今度はいつ更新できるかわからないが、そんな訳ですのでご勘弁を。

Tags: