Archive

Archive for January, 2009

Twitterからタスク登録が行えるToDo管理ツール『TwTask』

January 31st, 2009 ソンシー No comments

入力ツールとしてのTwitter、という考え方はいいですな

via Twitterからタスク登録が行えるToDo管理ツール『TwTask』 | 100SHIKI.COM.

百式に教えてもらった。

なるほど、クレバーな使い方。RTM (Remenber The Milk) よりさらに楽チンだ。

Tags: ,

仏でゼネスト、「お金を稼ぐチャンス」 : AFPBB News

January 30th, 2009 ソンシー No comments

 

仏でゼネスト、「お金を稼ぐチャンス」 便乗広告も登場 写真8枚 国際ニュース : AFPBB News.

パリはゼネストで(今の日本じゃあり得ないけど…)自転車もレンタルしますという広告らしい。

Tags: ,

不在通知

January 29th, 2009 ソンシー 2 comments

『カステラと鴨せいろ』以降は、一度買い物に出ただけで全く自転車に乗れてない。今日も大量のデータが届いて仕事漬け…。ブログ更新も滞ってます。

こうなると、ついフラストレーションが溜まってネットでポチッとしてしまいがち。『新しいパーツを付けた(り、または交換したりした)バイクで颯爽と走るオレ』を想像するしか楽しみが無くなるからね。

打ち合わせから戻ると、不在通知が入ってた。

ポンド安万歳(と言ってもいられないけど)

ポンド安万歳(と言ってもいられないけど)

 タイミングが悪くて円高のメリットを活かす買い物をしそこなってたが、ここに来てWiggleからひとつ、そして今度はCRCからひとつ。

でも日本から皆さんイナゴのように買いまくったらしく、あちらのショップもそろそろめぼしいものは Out of Stock になってますな。

チューブレスタイヤ – オーベスト ブログ

January 28th, 2009 ソンシー 3 comments

走りが重い。

グリップが同じ種類のタイヤ、空気圧だと悪い。

でも落とすと更に重い走行感。

via チューブレスタイヤ – オーベスト ブログ – Yahooブログ.

私はもっぱらチューブラータイヤで行こうと決めたので、関係ないし、あまり興味もなかったのでそんなものかぁ、と感じただけだが日本最速の店長が言う言葉は説得力が違う。

そもそもチューブレスにするとリムとタイヤの密着=絶対の気密性が求められるわけだから、ビードとそれに続くサイドウォールがしなやかになる要素が無いだろうと思うのだが、何がしたくてチューブレスを推進するの?

雑誌なんかで読むと、パンクした際の空気の抜けが緩やかで安全性が高いとか書いてあるが、それはせいぜい乗り心地が悪いことの言い訳にしか聞こえないよね。

ケーシング剛性が上がってしまう分、トレッドのゴム質を変えて(べたべた柔らかくするとか)グリップを稼ぐ方向じゃないのかな?どうも魅力を感じない。

Tags:

マルセイユの決着(おとしまえ)

January 24th, 2009 ソンシー 4 comments

相方さんと二人で観てきた久々のフランス映画。

マルセイユの決着(おとしまえ)

ジャン=ピエール・メルヴィルの「ギャング (1966)」リメイクで、自らも一度は死刑判決を受けた暗黒街出身の作家ジョゼ・ジョバンニの小説が原作の懐かしきギャング映画。

映画館は渋谷・桜ヶ丘の「元ユーロ・スペース(現在は円山町に移転)」シアターN渋谷。オリジナルの「ギャング」の方をテレビの洋画劇場か名画座(並木座とか文芸座とか…)で観たと思うのだがほとんど覚えていない。でも大いに楽しめた。しかも夫婦どちらかが50歳以上なら入場料が1000円になるというシルバーな割引の恩恵にも浴した(笑)。

全篇、タングステンライトみたいなオレンジがかった画面(晴天の野外でも)が物語としても映画としても時空が歪んで『過去の世界』がぽっかり姿を現したみたいな雰囲気を盛り上げる。カット割りもオリジナルにほぼ忠実にリメイクしたらしい。

物語は60年代のフランスだが、その時点で既に「古い」タイプの任侠の徒である老ギャング・ギュが、金のためなら平気で裏切り・他人をはめる『仁義なき』新世代の悪党に、命をかけておとしまえをつけるという、高倉健や池部良のやくざ映画とほぼ同様なストーリー。

原作者がイメージ通りだと絶賛したというダニエル・オートゥイユの主人公もいかにもだったが、その盟友の未亡人にしてファム・ファタルのモニカ・ベルッチが60年代のフランス女の雰囲気満点で最高だった。

多分、仁義とか信義とかが絶滅しつつあった、あるいは絶滅した時期に物語の中で一つの価値として再生するわけで、フィルム・ノワールとか東映やくざ映画とかが盛んに作られた時代に海の向こうもこちらも、リアルな世の中からそうしたものが姿を消していったのだろう。

ヒーロー礼賛とハッピーエンドのアメリカ映画もファンタジーだが、こういう「滅びの美学」的映画もまたファンタジーだなと再確認。


Tags: